「‥‥それで、私を選んだのね。まあ、当然よね。殺したのは私なんだもの」
すみれは差し出されたウォッカを一気飲みした。その顔に、反省や罪悪感のようなものは無い。誠は渋い顔になる。
「‥‥反省の無い言い方だな」
「だって、あなたにだって原因が無かったわけじゃないでしょ? 向日葵と不倫して」
「さっき説明しただろ? あれは向日葵の方から誘惑してきた事だ。俺に非は無い」
「抵抗すればよかったじゃない」
「あの時は酔ってたから‥‥」
「お酒に弱い事、あなた、自分で分かってたじゃない。向日葵だってれっきとした女よ。二人っきりでお酒飲んで、しかもその時の向日葵は失恋直後だった。何となく、先を読む事だって出来たわ」
「‥‥」
この時、誠はすみれを選んで正解だと思った。この女は悪女だ。自分でやった事を反省しようともせず、あまつさえ自分に責任を押しつけようとしている。選んだのがこいつで良かったと、誠は本気で思った。
誠とすみれはバーのカウンター席に隣同志に座っている。ジャックはバーの隅の壁に背を預けて美味しそうにカルーアミルクを飲み、誠とすみれの後ろ姿を見つめている。
しばらく静寂が続く。重苦しい空気だ。殺した女と殺された男が一緒にいるのだ。そこに、温和な会話など無かった。誠は必要以上に煙草をふかす。今更話す事など、あるわけがない。‥‥互いを裏切ってしまった二人には。
その時ふと、誠の心にある疑問が過った。それは心の奥底に僅かに引っ掛かっていた疑問だった。
「一つ聞いていいか?」
「どうぞ」
「‥‥どうして殺そうと思ったんだ?」
「見たんでしょう? 殺人のその時を。だったら、全部分かってるんじゃないの?」
すみれは瞳を閉じて、静かに言う。誠の言葉も静かだった。
「分かってる。でも、今一つ納得出来ない。殺人は重犯罪だ。どうしていきなりその結末に辿り着いたんだ? あの男の台詞じゃないが、他にも方法はあったんじゃないのか?」
「‥‥」
その言葉を聞いて、すみれはしばらく黙っていたが、やがて誰に向けるわけでもなく、小さく笑った。その顔は僅かに誠とすみれが初めて出会った時の、あの恥ずかしげに誠をデートに誘おうとした時の、あの顔に似ていた。
「だって‥‥仮に離婚出来たとして、それであなたが別の女と付き合うの、見たくなかったんだもん。まして、それが向日葵だったら耐えられない。だから、殺したの」
その言葉をどう受け取ればいいのか、誠には分からなかった。
「それって、どういう意味‥‥なんだ?」
すみれは自虐的に笑う。そして、手を自分の顔にかざす。
「ふふっ‥‥やっぱり私も向日葵とは血が繋がってるって事よ。自分は自分であんな事しておきながら、それでもあなたが他の女と付き合う姿を見たくなかったの」
「‥‥」
「嫉妬しちゃうから」
「‥‥」
誠はすみれの顔を見なかった。どんな顔で見ればいいのか分からなかった。すみれは長い髪の毛で顔を覆い隠そうとするかのように、少し俯きがちになる。
「言うのが‥‥少し遅かったわね」
「‥‥」
遅かった。何もかもが遅すぎた。その言葉がもし、生きている間にあったとしたら、二人は今ここにはいなかったかもしれない。今そんな事を言われても、もう何も出来ない。
しかし、誠の心はどこか晴れやかだった。そこには、さっきまでの憎しみが嘘のように無くなっていた。今は清々しい思いだけが、心にはあった。
「‥‥聞けただけでも、良かったと思ってる」
「ありがとう」
すみれは誠の前に自分のグラスを持っていた。誠は自分のグラスを持ち、すみれの持つグラスと重ね合わせた。カチン、と静かにグラスが鳴った。
それ以上、二人は言葉を交わさなかった。でも、二人の間に流れる空気は決して険悪なもではなかった。
今の誠は幸せだった。死んでしまった事は悲しい。これからどんな事が待っているのか、それは分からない。でも、幸せだった。
最後にすみれの真実を知る事が出来たのだから。
ジャックがゆっくりと歩きだし、そして二人の肩を叩いた。
「さて、もうそろそろ行きましょうか」
終わり
あとがき
ノベルゲームなんかをやっているとこういった選択肢がたくさんあるので、私も、という事でやってみました。細かい知識はいらないですしね。出来るだけ、二人どちらをも選ぶべき、という立場に立って書きました。明らかにどっちかが悪いと選択肢をつける意味が無いですから。
個人的にはジャックが一番好きなんですけどね。自分には無い、ひょうきんな所が好きなんです。